驚きの報道
(2025年4月)朝からビックリするニュースが飛び込んできた。ただ、野球好きでなければ昔活躍したスポーツ選手が、年老いお金が無くなって万引きをしたという程度のよくあるニュースでしかない。
とはいったものの、そういう私も米田哲也という名前は記録でしか見たことはなく、実際に投げている姿を見たことはない。引退が1977年というからその時私はまだ8歳だし、活躍していたのは11勝した1973年が最後だから、その頃に観ていたとしても最晩年で力の衰えた時だった
しかし、歴代2位の350勝(右腕では歴代1位)、同じく歴代2位の949試合登板(達成時は歴代1位。現在の1位は岩瀬仁紀の1002登板)を誇り、人間機関車やガソリンタンクと言われる程のタフネスぶりは、驚嘆であり賞賛であり、記録にも記憶にも残る選手であった。
偉大な選手であり偉大な指導者だった
また、1985年に阪神タイガースが日本一になった際の一軍投手コーチであり、コーチとしても成功を遂げている。その際には吉田義男監督の「休日前の外泊は認めない」「宿舎での飲酒は食事中のみ。部屋での飲酒は厳禁」「休日のゴルフ禁止」などというルールに、たった一人コーチとして反対を唱えたという。
他にも、「お酒を飲んでも、それで翌日の練習に『やるぞ』という気が起こればいい。厳しくするのはそれができなかったときでいい。」などと言う発言などもあり、選手からは指示される一方で、いかにも昭和の野球選手という色の濃い男であったようだ。
そんな偉大な選手でありコーチであった人間が、たったの缶チューハイ2本(303円相当)を万引きし、更には逃げようとして揉み合いになり、持っていた杖で店員を殴ろうとしたというから、悪質でもあるし、情けなく残念としか言いようがない。
引退後に経営していたスナックも上手くいかず、1996年には芦屋市内の自宅マンションは国税から差し押さえされ、2002年には競売の申し立てもされているようで、20年以上前から生活は苦しかったようだ。
難しい引退後の人生
「引退後の人生の方が長いのだから、常に引退後の人生設計を考えておかなければならない。」野球選手にはよく言われることだが、これができない選手があまりに多い。野球以外のことを勉強する暇が無いと言うこともあろうし、現役時代の華やかな生活が抜けきれずに、お金の使い方に収入が追い付かないという事もあろう。
年俸だけで50億以上、スポンサー料やCMを含むと60億以上は稼いだと言われる清原和博も、薬物疑惑により警察の内偵を受けていた際の身上調査では、口座残高が9,000円しかなかったという。
その清原も覚醒剤取締法違反で逮捕され、懲役2年6か月、執行猶予4年の判決を受けている。清原も米田も、お金が無いことだけが不祥事を起こしてしまった原因ではないだろうが、大きな要因となっているのは間違いないだろう。
汚れた人間機関車となった米田哲也。もう87歳と言う高齢でもあり、再起は難しいかもしれないが、現役時代の活躍に相応しいこれからの人生を祈るしかない。


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