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終わりの始まり(借金遍歴その2)

借金遍歴

前回のおさらい

高校を卒業後すぐに働き始め、同じくしてパチンコや競馬といったギャンブルも始める。それから車をローンで買ったり、信用金庫のカードローンを作ったりするも、給料の範囲でやりくりできていた。

その後、結婚を機に負債は整理し、借金は1本化されてキチンと返していくことになった。それからは、子供が生まれたり家を買ったりで金も要るし時間も無いしで、ギャンブルは土日の中央競馬のメインレースだけになり、小遣いの範囲で遊べていた。と、ここまでが前回のお話。

それが、特に大きなきっかけもなく、いつものようにふらっと打ったパチンコに負け、普通ならトボトボ帰るところが、どうしても負けを取り返したい(典型的なギャンブル依存症の症状)と思って、何か金策は無いかと頭を巡らしてみた。

初めてのキャッシング

「そういえば、銀行のキャッシュカードにクレジット機能がついてて、それでキャッシングもできたんちゃうやろか。」パチ仲間でそれをやっている奴もいたので、なんとなく知っていた。銀行のATMで出してたような…とりあえずやってみたら、いとも簡単に3万円おろせた。」

「3万なら来月の給料で返せるやろ。」と思い、パチンコ屋へ戻り、2万ほど負けた。まだ1万あるが、この頃はタバコ代(今は、禁煙してからもう10年以上経つ)や何やらで、ちゃんと手元にいくらか残していた。

そんな事も忘れていた数日後、嫁さんにバレた。当時は、必ずキャッシングすると圧着はがき(ペロッとめくるハガキ)が家に届いて、ご丁寧にいつ幾ら借りたかを知らせてくれるのだった。

私たち夫婦は結婚時の約束で独立採算制を敷いており、給料から生活に必要なお金を出し合い、残りは自由に使っていたので、言わばどう使おうと勝手なので、ギャンブルも公認だったのだが、この時は流石に言われた。「頼むから、お金借りてまでギャンブルするのはヤメて。」と。

しばらくは封印できたが

子供もいるし、これからお金も要る。それはおっしゃる通りなので、しばらくキャッシングは封印していた。そして、以降はギャンブルを我慢するか、友達に借りるという方法をとっていた。友達から借りるのはせいぜい3万までで、それに翌月の給料でちゃんと返せていた。

そして、いつからだろうか、今になって思うと仕事の異動や子供の不登校・反抗期などが重なり、ストレスが溜まっていたのだろうか、パチンコ・パチスロ(この頃は競馬などの公営ギャンブルはサブで、メインはパチンコ・パチスロだった。)をするためのキャッシングが再開していた。

そして、とうとう枠がパンパンになり、給料で弁済して限度額が少し増えたらまたそれを借り、というのを繰り返しているうちに、弁済そのものができなくなり、次のカードを作ることにした。

破綻は目の前

なお、この頃には、借りた分のハガキや返す分の明細書(請求書)はウェブで見れるようになっており、嫁バレはしなかった。新規にカードを作るのも、ネットでできた。ただしカードの受け取りだけは郵送になる。

なので、なるだけ郵便は自分で受け取る(書留なのでポストに放り込みではない)ようにし、「自分のやったわ。」と言って郵便は見せないようにしたり、不在票を見られて「〇〇カード」からの郵便がバレた時は「ポイント付くから作った。」などと言っていた。

この頃には、もう破綻するのが目に見えていた(自分でも薄々気づいていた)が、そのうち調子が上がり、勝ち続けて取り返せると思っていた。が、どこまで本気で返せると思っていたのか。冷静になれば、これだけ負け続けているやつが取り返せるとは思わないことくらい分かりそうなもんだ。

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