最初は麻雀
私が最初にやった博奕は、家でやっていた家族麻雀だ。頻度は覚えていないが、夏休みの夜だとか大晦日から正月三が日にかけてあたりは、毎年やっていたように思う。確か、麻雀を始めたのは私が小学二年生の頃で、高学年になる小学4年頃からは、少ない(当たり前か)額ながらも賭けていたと思う。
その後、高校生時代は友達と麻雀漬けで、授業中には部室で紙麻雀をして、休みの日にはメンツを集めて友達の家で朝から晩まで麻雀をやっていた。ちなみに風速0.3だから箱になってマイナス9000ペリカ(便宜上、ペリカと言っておく)だから、私が高校生だった1985年~87年でいうとジャンプ5冊分といった感じ。
ただ、1日やるとプラスマイナス100くらいは差がつくので、当日のビリでおおよそ30,000ペリカ負け、トップは30,000ペリカの勝ちとなる。自分でいうのも何だが、私は強い方で、基本的には勝つことが多かった。通算では間違いなく勝っている。
初めてのパチ
パチンコ屋の最初は、兄に連れられて行ったのだが、パチンコでは無くパチスロ。確かファイヤーバード7uだったか。私はまだ高校生だったはずだが、当時は店もあまりうるさくなく、これはお酒に関しても同じで、高校1年の文化祭の打ち上げで、明らかに見た目が高校生でも店は酒を提供してくれていたし、まあ、おおらかな時代だった。
その後、スロの4号機が撤去されるまで、パチもスロもほぼ隙間なく打ち続けた。よく打っていた機種を羅列してみる。順番は時系列にしたつもりだが、多少、前後しているかも。
バニーガール → アラジン → ニューパルサー → アステカ → ハイパーラッシュ → 獣王 → キャッツアイ → ハードボイルド → 北斗の拳 → マッハGoGoGo → 俺の空
番長、ジャグラー、吉宗あたりはあまり打たなかった。ゴッドは1回も打っていない。
パチの方は、
ギンパラ → キング(クイーンの前身) → クイーン → パワフル → 冒険島 → 源さん → 冬ソナ → ウルトラセブン
どちらかというと、スロがメインだったので、あまり覚えていない。アレジンとか、海物語はあまり打たなかった。パチもスロも色々と思い出はあるので、いずれ書いていきたいと思う。
新装でウラもの
今日は、少し昔の話を。1990年代の始め頃だったか、住んでいるところから2駅離れた某駅のそばに、新築して間もないパチンコ屋が数台新装との話を聞いた。当時、新装と言えば出て当然。期待して朝から並んで待っていると、なんと抽選。変てこなビンゴの玉の出るようなチャチなおもちゃのボタンを押し、玉の色で当たりはずれが決まる。
気合を入れて押すも、私はその抽選に外れてしまい、狙いのパチスロは打てなかった。悔しくて後で見に行くと、いかにも裏っぽいアストロライナー(デートライン銀河だったかも)で、私は裏モノは嫌悪していたので、ああ良かったと思ったが、結局、滅茶苦茶出てた。
抽選に外れた私たちは仕方なく、リバースセブン(これも新装台だった)という、超ヒットしたロータリーセブンという台の後継機を打った。モーニングやセットができるスロとは違い、釘を広げるしかないパチなので仕方はないのだが、これが打ち出しからしばらくシマ(30台はあったと思う)で、誰も当たらない。
オロチョンパ・・・
その状態が10分以上続き、びっくりする位の静かなざわめきが走った。あと10分続いたら、暴動が起きそうな気配。まあ、結局それなりに当たりだし、私もちょい勝ちで帰ったのだが、あの時の暴動一歩手前の静けさは忘れない。あの頃はほんとにパチンコ屋、競馬場なんていう鉄火場は、そんなピンと張りつめた雰囲気があった。
後は、麻雀物語の新装に並ぶも台が取れず、その時の台取りに負け、台だか椅子だかにぶつかった怪我で肘から血を流しながら、新装台の裏のオロチョンパでぼろ負けしたとか、新装にはあまり良い記憶がない。
懐かしい、20年程前までの話だ。続きは覚えていれば、また。


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