依存に至る動機
アルコールやタバコの依存というのは、アルコールそのもの、タバコ(ニコチン)そのものを身体が欲するのに対し、ギャンブル依存症については、ギャンブルそのものを欲するよりも金が欲しい、金が必要、金を取り返したい、という動機の方が強いように思う。
もちろん、酒や煙草も仕事で失敗したストレス解消とか、これから大事なプレゼンがあるため落ち着きたいとか、アルコールやニコチンそのものを吸収したいという理由でない場合もあるが、それが中毒や依存に繋がる場合は少ないように思う。
また、量の問題もあって、酒や煙草は摂取にも限界があり、増え方も1本が2本、2本が3本にと算術級数的にしか増えないが、ギャンブルの場合は「取り返す」となるのが常で、マーチンゲールよろしく賭け金が「倍々ゲーム」となり、1万円が2万円に、2万円が4万円に、4万円が8万円にと幾何級数的に増えることが多い。
「始めない」事が大事
だからこそ、他の依存症に比べてギャンブル依存症は「始めない」事が大事なのだ。
自身でも経験しているが、何らかの博奕で1千円負けたとする。となると次の目標はやっぱり「取り返す」となるから、ならばと1千円賭ける。(ここで2千円賭けることもあるが。)それも負けると通算の負けは2千円となり、次の賭けは「取り返す」ため2千円になる。そこでまた負けると負け額は4千円になるから、やっぱり次は「取り返す」ために4千円賭けてしまう。
こういう経過を辿ることが本当に多い。何とか途中は我慢してそうならず、毎レース1千円賭けて勝ったり負けたりしていたとしても、例えば最終レースでその日の負けが7千円だったとしたら、最後のレースに1千円賭けるだろうか。恐らく7千円を取り返すように5千円とか1万円を賭けるのではないか。
少なくとも私は基本的にそうだ。その考え方、買い方こそ、ギャンブル依存症の症状なのではないか。また、依存症とまではいかなくても、ギャンブルをする者は多少はそういう傾向があるのではないだろうか。
最終レースの罠
それを考えると、競馬・競艇・競輪の類はやっぱり恐ろしい。最後の1レースで全部無くすことができるから。パチンコはそうはいかない。朝から10万負け、晩の9時になっていたら、いくらまだ手元に10万あるからと言って、10万賭けるのは無理で、よくて2万弱使えない。(戻ってくるのも奇跡が起っても5万が限度だろう。
しかし、競馬などの類は、最終レースまでに10万負けて、残りの10万の資金を全部賭けることができる。それでトントンとか、奇跡的に全部取り返してさらに10万勝つ事も可能だ。現実には20万の負けになることがほとんどだが。
このような「最終レースで取り返す」ことを狙うような場合こそ、ギャンブル依存の特異性が際立つ。この時は「ギャンブルをしてスリルを味わいたい」というより、「取り返す」という気持ちのほうが強いからだ。ギャンブルは怖い。


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