PR

ギャンブル依存症は怖い(借金遍歴その25)

借金遍歴

前回までのおさらい

2,000万近い借金を清算してもらった後、またも400万近い借金を重ね、離婚の危機に。しかし、嫁さんは離婚せず弁済に協力してくれることになり、おまとめローンを申し込んで少し整理できた。

ここまで、私の借金遍歴を書いてきた。これだけでも酷いものだが、実はここに書いていないものもあり、それは記憶があいまいであるため正確に書けないことから省略したものもあるし、なかには500万近い金額のものもある。

なので、今まで書いてきた以上に金額も実は多いし、嫁さんや家族には迷惑をかけていることになる。カミングアウトして嫁さんに怒られ泣かれ、人生を返せと言われというのが、ここでは1度だけのように見えるが、確か3~4回はあったと思う。

もう博打じゃない

要するに深く考えずに借金を繰り返し、だからこそはっきりとしたことを覚えていない。そして、情けないことに1回に10万20万も賭けたのは間違いないのだが、そんな大金にも拘わらず、当たったのも外れたのもよく覚えていない。

初めて取った万馬券は300円を3点の合計900円、当時は枠連しかなかったので枠の3-5,5-5,5-7を買い、5-5が当たって15,000円ほどついて45,000円くらいになったのだが、これがその年有馬記念で単勝万馬券を出すダイユウサクの勝った京都金杯の次の最終レースで、ダービーリーガルとポットリンカーンという2頭で決まったレース。

騎手は菅谷と合谷だったと思う。初の万馬券という記念すべきレースというのがあったとしても、1,000円も賭けていないレースでも、これだけ覚えているのに、あの頃10万20万賭けたレースは全く覚えていない。これでは本来は博奕にもならない。

同じように借金もあまり覚えていないので、これはまた思い出しながら単発で書いていこうと思う。

借金の再開

そして、おまとめローンで少し月の支払額を減らすことができ、嫁さんの協力のもと(まだ他の家族には隠していた)再出発というところだが、三ヵ月ももたずに、また借金を再開してしまう。

きっかけや金額は覚えていないが、最終的にPayPayカードが200万くらいと他に100万位の300万ほどを2月くらいで使い果たし、逃げたのを覚えている。そう、逃げた。このブログの最初のほうで書いているのがその時の話である。

その前の日には競馬場で50万ほど負けているので、次はその日からの話を書いていこうと思う。このブログの最初のほうで書いたものは、最悪の心象の頃だったので、読むのも恥ずかしい。今は少し冷静に書けるはず。そして、それから半年近く経った今、依存症から抜け出せそうだからこそ、きっちり書けると思っている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました