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銀行カードローンに手をだす(借金遍歴その3)

借金遍歴

前回までのおさらい

高校を卒業し働き出して、競馬、パチンコ・パチスロを始める。車のローンや信用金庫のカードローンはあれど、給料で返せる範囲内。結婚を機に一旦清算し、そこからは小遣いの範囲内で博打をしていたが、とうとうキャッシング(限度額50万)に手を出し、その弁済のためのカードを作り自転車操業となった…

今回は、平成20年~25年あたりの話である。パチスロでいうと、平成17年9月30日をもって検定切れとなった狂乱の4号機時代が終わって3年ほど経った頃で、よく分からない(そして出ない)5号機かジャグをたまに打つ程度だった。

パチンコの方も、よく覚えてないので、ネットでその頃(2010年、平成20年)のヒット台というのを調べてみると、CRAスーパー海物語IN沖縄2(甘デジらしい)とか、CR花の慶次~愛(第3弾らしい。初代はアホ程打ったけど)あたりらしいので、やっぱりあまり打っていない。

携帯で公営ギャンブル

確か、この頃からパチ屋にはあまり行かないようになり、代わって携帯(まだスマホは普及していない。iphone3が2008年に出たばかり。)で競艇を買いだした頃で、平日は地方競馬と競艇、土日は中央競馬をやっていたように思う。

今はギャンブル依存と借金バレにより、とっくに解約しているが、当時はグリーンチャンネルを契約しており、平日は先週の結果分析・競馬場の達人・調教などを見て、土日は1日中競馬中継(それ専用の小さい古いブラウン管TVで見ていた。)という毎日だった。競馬漬けだったが、楽しかったな~

この頃が自転車操業の始まりで、キャッシングで限度額50万に張り付いたカードが3枚ほど、そこにJRAダイレクトで使えるショッピング枠が50万、併せて200万くらいが常に限度額に張り付きの状態で、給料でその合計5万ほどを弁済し、枠が戻った2万5千円ほどをまたギャンブルで使うという日々だった。

もちろん、途中で足りなくなってくるので、そこは友達から5万とか10万を借りて、ボーナスで返す。そんな状態が2~3年続いていた。しかし、給料日まであと10日、手元には金が無い、枠がパンパンでキャッシングもできない、もう借りれる友達もいない。

という状態が続き、かなりストレスが溜まる状況。もやもやしているところに、たまたま仕事の関係である銀行の口座開設のパンフレットをもらい、何気に読んでいるとカードローンの説明がそこに書いてあり、ネットで完結、明細などの郵送なしとある。

借りやすかった時代

当時はまだまだ銀行も「いくらでも貸しますよ」の時代で、こういった「ネットで完結、郵送無し」=家族バレしない。というのを売りにしているところが多く、本当に借りやすい時代だった。

問題は、キャッシュカードだけがどうしても書留で郵送されること。ここだけはクリアしなくてはならない。ただ、カードはキャッシュカードとカードローンのカードが一体なので、1枚受け取れば大丈夫。

なので、郵送される日に家に居るか、家に居れない場合はポストに入る不在票を自分が受け取るため、フルタイムの共働きである嫁さんより先に家に帰る。このミッションをクリアする必要がある。

そこで、ネットなどを駆使して申し込み日から何日後にくるかを計算し、余裕をもってその日とその前後の計3日間、昼から仕事を休むとかして、自分で受け取るように手配をした。この頑張りと情報収集力を何かに生かせればいいのだが、ギャンブル依存症の人間は、ギャンブルをする、またはその金策をする、この2つにしかその力を使わない。

そして、とうとう、ネットで運転免許証と源泉徴収票の写真を送って申し込み、見事、自分でカードを受け取り、300万の限度額で銀行のカードローンの契約に成功した。

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