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最初の借金。返せていた頃(借金遍歴その1)

借金遍歴

働き出した頃

高校を卒業して働きだしたのは、昭和63年というからバブルの末期。それでも就職は難しくなく、一応は仕事につき定期的にそれなりの金額は貰っていた。ちなみにその職場で今も続けて働いており、もう勤続35年を超えている。

最初の借金は、お金では無くローンで買った車で、それは働いて3年ほどした21歳くらいのことだった。そして、その頃は自分のお金の範囲でギャンブルができていた。

そのギャンブルは、毎週土日の中央競馬とほぼ毎日のパチンコ。競馬は1レース1,000円くらいのものだし、ましてや枠連しかない時代だから、大きく勝つのは難しくても、それなりに当たるから、マイナスもそこまで大きくはなかった。

パチンコも平台(普通台)を打っていたし、それも「さめざんす」とか「ダンシング金ちゃん」とかの出玉の少ない台だったから、そんなには負けなかった。

最初のカード

その後、知り合いのツテで信用金庫のカードローンを作る。当時は審査も簡単なもので、知り合い経由だったからか、住民票や源泉徴収票も何も出さないでも、50万(その後100万になった)の限度額カードが作れた。

カードを作ったのには特に理由は無く、知り合いとしても信用金庫に勤めてる友人の成績アップにもなるし・・・程度の感覚だったのだろう。私も特に必要は無かったが、博打をする身でもあり足りない時に使ってもいいかな程度に思っていた。

しかし、一度使ってからは気が大きくなって馬券の額は大きくなり、パチンコも一発台を打ったりスロを打ったりで、限度額はすぐに埋まった。この頃からいわゆる「天井張り付き」となり、限度額一杯→弁済→枠がすこし戻る→限度額一杯まで借りる。の繰り返しだった。

その後、ガソリン代や保険料の支払いがキツいのもあって、ローンの終わっていた車を売ることにして、その金でカードローンは全額弁済した。が、すぐに復活した。そして、また「天井張り付き」状態になるのに時間はかからなかった。

一度は落ち着いたが

他に、職場からの借り受けなどもあり、常に200万ほどの借金があったが、給料でなんなく返せる状態であった。その状態が数年続いたが、その後、結婚することになり、一度清算をして借金は見た目上は無くなった。

清算したのに「見た目だけ」というのは、カードローンと職場の借金を、結婚に伴う金利の低い職場の貸し付けに借り換えしたという、今でいう「おまとめローン」のようなもので、借金が無くなったわけではないからだ。

そして、その状態で数年過ごしていた。そう、過ごせていた。それは、その間に子供が生まれたり家を買ったりで、お金に余裕が無く、またそれなりに忙しくバタバタしていたので、ギャンブルは土日の中央競馬、それもメインレースだけを買うことで満足できていた。

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