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私の微毒親の話(続き)

毒親

私が18歳の時に両親が離婚した話の続きです。

私の母は、毒親とまでは言わなくても、微毒親ぐらいは言ってもいいと思う。もちろん、父親もクズのような人間だが、そもそもあまり接点もなく、離婚して出て行ったので、あまり被害はなかった。

両親が離婚した後は、母と息子2人の3人暮らしだったが、すぐに兄は結婚して出て行ったので、母と私2人での生活となった。

その母は、常に文句ばかり言うネガティブな人間で、子供に夫の悪口を言う、子供は基本的に褒めない人で、どういうのか、人をあまり信頼せず、友達やおばちゃん仲間でさえ、悪口や文句の対象としてしかみていないような人間だった。

私はこう見えて学校の成績は良く、小学校も中学校も、常に学年で5番以内には入っていた。それも、塾も行かず、宿題もせず、家では一切勉強をせずに、授業を聞いているだけで、そんな成績が残せていた。

しかし、家にお金がないことは分かっていたので、受けてみたいと思っていた私立高校は受けられずに、確実に受かる私立と公立高校を受験し、両方合格して公立高校へ入学した。

ちなみに両親とも子供に対しては放任主義で、何も言われなかった分、何かをさせてもらうということも無かった。唯一、性格の荒かった私に音楽を習わせてくれたが、これは別に自分の希望ではなかった。

本当は野球がしたかったが、道具に金がかかるので、やりたいとは言えなかった。

ただ、本当に野球がしたかったり、いい高校や大学に行きたければ、道具はもらうとか、奨学金だとか、方法はあったはずだから、これは自分のせいでもあるし、自分にそこまでの情熱もなかったのだと思う。

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