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血は水より濃い

雑記

血は水より濃い

「血は水より濃い」ということわざがある。これは、ドイツ語の「Blut ist dickerals Wasser」が由来であり、英語表現の「Blood is thicker than water」を経て日本語の「血は水より濃い」となったというから、世界の多くの国や地域で共感される考え方のようだ。

その意味は、「血の繋がった血縁者の絆は、どれほど深い他人との関係よりも強いものである。」だが、「生みの親より育ての親」(産んでくれた親よりも、育ててくれた養父母の方が恩愛を深く感じる。)という言葉もあるし、家族の在り方も多様化された現代では一概にそうとも言えないかもしれない。

しかし、同居の父が子供を虐待し、ついには亡くなってしまうという報道に触れる度、「ああ、また連れ子か。」と思うことが多い。体感では、このようなケースの8割方、実子ではなく連れ子という気がする。

※ 平成30年の警察庁の統計によれば、検挙件数1380件のうち虐待加害者は、実父が最も多く622件、次が実母の352件で、ここで問題とした養父・継父は266件で、内縁の夫127件を含めても全体の3割に過ぎないが、妻に連れ子がいる夫(内縁を含む)家庭そのものがかなり少ないなかで、全体で3割もあるというのは、かなり多いと言える。

我が親が「足枷に」

この妻の連れ子に対する虐待については、夫と連れ子が血縁でないという理由以外に、新婚であるにも拘わらず夫婦二人の時間が持てないため、連れ子を邪魔と感じやすい(特に夫が初婚の場合、この感情が強い。)という理由があるというが、やはり「血は水より濃い」という言葉を思い出さずにはいられない。

しかし、これが逆の立場で自分と自分の親となった場合、血縁であるということがかえって気分を乱し、疎ましく思うことがある。私もそうなのだが、義理の父母や他所の親を見ると助けてあげようと思えるようなシーンでも、我が親となると「情けなさ」「不甲斐なさ」が目についてしまい、手を引いてしまいがちである。

特に、例えば多忙な時に用事を言いつけられるような無理を言ってくるような場合、義理の父母なら仕方なく引き受けても、実の父母の場合、何故か無性に腹が立つということもある。これは血縁と愛情という問題とは少し違うかもしれないが、子に対する場合の血の繋がりが「無垢の愛」となることに対し、親に対する血の繋がりは逆に「足枷」とか「ひっかかり」にしかならないということかもしれない。

悪い作用

だからなのか、子の介護に悩んで命を落とす人はいなくとも、親の介護に疲れて…という人はいるし、子が親や祖父母をあやめる事例において、義理の親や養父母に手をかけるというのはあまり聞かない。「血は水より濃い」は、親が子に対する場合に限るのかもしれない。

いや、子が親に対する場合も「血は水より濃い」ことは同じだが、それが悪いほうに作用するということなのかもしれない。

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