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亡くなった父とダジャレと地口(じぐち)

雑記

つまらないダジャレ

私が成人したのを機に離婚した父と母。原因は一概には言えないが、最終的には父の浮気である。時代的に多くの家庭がそうだったとは思うのだが、小さい頃から父と母の仲良いさまを見たことがないし、そもそも父はほとんど家にいない。そういう夫婦も多かったのではないか。

そして、妻のほうはというと近所の主婦たちと井戸端会議で夫の悪口を言い合い、家ではそれを子供に言う。これで父を尊敬しろというほうが無理というものだが、浮気して離婚されるような父だったから、そもそも尊敬できたかどうかも疑わしい。

そんな私の父だが、家にいる時間が少ないし、家族旅行なども覚えているのも、私が小学生の高学年あたりで行った近場の温泉一度きり(ほかに、母の田舎には何度か行って、そこで観光はしている。)だから、父との思い出はひとつもない。

キャッチボールをしたことも無い。一緒にやったのは父が好きだった麻雀くらいのものだ。そんな父のことで唯一覚えているは、つまらないダジャレが好きだったこと。たまに家にいるときは、「勇敢な少年よ、夕刊を取ってきてくれ。」とか、「おいしかった。吉良負けた。」などと全く面白くないダジャレを何度も繰り返していた。

おいしかった。吉良負けた。

今言った二つは双璧で、おそらく100回以上は聞いている。あと「さすが!」という時に「ながれいし!」というのも何度も聞いた。もうダジャレというより口癖に近い。また、これを言う時にまるで知識をひけらかすように言うのが嫌だった。

なんで「ながれいし」って言うか分かるか?「さすが」は漢字で「流石」と書くからやで。というこの説明自体、何度聞いたことか。ちなみに「おいしかった。吉良負けた。」というのは、「おいしかった=大石勝った」との語呂からきている。

※ 冬の風物詩「忠臣蔵(赤穂浪士)」で、藩主浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の仇討ちとして、筆頭家老大石内蔵助(おおいしくらのすけ)をはじめとする四十七士が、吉良上野介(きらこうずけのすけ)を斬った。

=大石勝った、吉良負けた

地口(じぐち)

「うまかった(馬勝った)、牛負けた。」なんていう、これの簡単バージョンもある。あと嫌なのがその使い方で、「ごちそうさま」の代わりのように、単に「うまかった。うしまけた。」と言うと韻を踏んだ遊びという感じだが、父は「吉良負けた。」とだけ言ってこっちの顔を伺うのだ。

そして、吉良負けた→大石勝った→おいしかったという流れを説明する。これが正直うざかった。なお、私は今回調べてみて初めて知ったのだが、これはダジャレというよりは地口(じぐち)というやつらしい。

地口とは、江戸時代に流行したいわゆる言葉遊びで、ダジャレ=洒落とほとんど同意であるが、その言い回しは限られており、無限に新作を作ることができるダジャレより狭義で、「広く社会に認知されたもの」となり、大きく分類するとこの3つになるらしい。

もじり(有名な文句をもじったもの)

「舌切り雀」をもじって「着たきり娘」
「お前百までわしゃ九十九まで」をもじって「お前掃くまでわしゃ屑熊手」など。

韻(いん、音とリズムだけで意味のないもの)

結構毛だらけ猫灰だらけ
アイムソーリー、ヒゲソーリー
しまった、しまった、島倉千代子
こまった、こまった、こまどり姉妹

「おいしかった、吉良負けた」もここになる。

掛詞(かけことば。単に音の繋がりで続けるもの)

そうはいかのキンタマ(いかない+イカ)
その手は桑名の焼き蛤(くわない+桑名)
恐れ入谷の鬼子母神 (いりやした+入谷)

ちょっと、古い言い回しなのだが、昭和19年生まれの父の世代の人間は、よく使っていたのだろうか。ちなみに父は心筋梗塞で亡くなったようだが、いわゆる一人暮らしの老人の孤独死というやつで、管理人に頼んで親戚が警察と一緒に部屋に入ったところ、亡くなっていたとか。

事件性は薄いとあっても一応は司法解剖に回ったようで、親戚もかなり時間的に待たされて自由にできなかったようだ。「心筋梗塞」で亡くなっただけに、「近親拘束」されたってね。

なお、落語のオチでこうやったダジャレを使った落ちを「地口落ち」といい、オチとしては格が低いと言われるらしい。確かに…

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